記事タイトル:漆の実の実る国 


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お名前: kochan   
漆の実の実る国で、一番印象に残るのが次の言葉です。

藤沢さんは作品を書くまでにかなりの下調べをしていらっしゃると思いますが、
細井平州のこの言葉をあえて引用しています。

「生得天地の信を請けて来たと言うは、幼少子を母の懐にだひて居る。或いは母
が小便でもしに行く。其間ばばさが抱ひて居ると、かかさへいくいくと泣いてや
かましい。そこでばばさがだましつ、すかしつ、かかさは今小便しにいた。だま
れだまれとて随分(いろいろ)すかせどかかさかかさと泣いてだまらぬ。そこで
母が来て扨もやかましい餓鬼ではある。ちとの間もまたぬやつぢやと、一つあた
まをはっても、懐へねじこんでさへ母がいだけば、其儘ひしとだまる。
 是子といふものは生得邪智も分別もない。只親にいだかれ、親にすがる計りの
心、親はただ何が無しに、我子可愛可愛と思ふばかりで余念はない。是が天地の
間に生をうけ天地よりもらひ受けたる信の本心と言ふもの。其天地よりもらひう
けたる誠の本心を失ふと悪人と言物になる。

親として、考えたくなるいんようですよね。
[2000年2月1日 0時16分23秒]
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