記事タイトル:『藤沢周平 残日録』 


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お名前: 慈慈   
前の書き込みの最後に「自作が有れば、勿論買う〜」と表現しましたが、
「次回作が有れば、〜」の誤りです。

また、前の書き込みは「名工の斬れ味−阿部達二−」(本の話 2月号)に書かれていた内容と
一緒に評してしまいました。

分かり難くてごめんなさい。
[2004年2月19日 8時54分19秒]

お名前: 慈慈   
阿部氏のこの本にこだわっています。と言うか、阿部氏の言う「藤沢周平」について、と言うのが正確です。

藤沢周平は「偏屈で複雑狷介な性格の持ち主」てあり、その作品において「ユーモア時代小説は藤沢にはな
い」と、斬り捨てるかの物言いである。

はたしてそうだろうか。
藤沢が、かつての教え子に示した温かさはどうか。
湯田川の九兵衛旅館に対する大らかさはどうか。
同級生に見せている友情は。
一読者に対する細やかな心遣いは・・。

それら表出している事ごとを目の当たりにしてなお、阿部氏にとっては「複雑狷介」な現れと捉えられて
いるのだろうか。

田辺聖子氏が「一カの瓜は、藤沢ユーモアの傑作」と言っていたような気がするが、同じ作品を阿部氏
は「大きな組織の小さな歯車は安価に使われかつ使い捨てにされる」のを表す作品と読んでいる。

はたして"複雑狷介"なのは、藤沢なのか阿部なのか。

本書の惹句に「ちよっぴり偏屈な作家」とあるが、方言とは言え"おおいにカタムチョな作家"の
方が分かり易い。

自作が有れば、勿論買う。買って、読んで、文句をつけたい。
[2004年2月18日 15時14分9秒]

お名前: 慈慈   
和賀さん、はじめまして。よろしくお願いいたします。

 阿部達二氏が「藤沢周平担当」になったのは、いつ頃からなのでしょうか。
 本書は、どこから読んでも「藤沢周平」の人となりが分かるようになっていて、流石に上手いもんだナ、と
感心しちゃいました。
 ただ、読者の立場から言わしてもらえれば、阿部氏は藤沢先生のいろいろな一面をご存知だったろうに、
ほとんど触れられていないのが、物足りない所でした。

 ちょっと驚いたのは、藤沢先生の絶筆は「全集・書簡集」に収録されている万年さん宛だと思っていた
のですが、それが違う(奥様の代筆)としたら、はてな、本当の絶筆と言えるのは・・?。
 阿部氏は知っているけど敢えて触れなかったのでしょうか。それとも知らない?

 この本には、知ってて書かれていないことが、随分有る様に感じました。遠慮がちに書かれているよう
に感じるのは気のせいなのかナ。
 ところで、阿部氏自身が「藤沢周平」をどう見ていたのか。数箇所しか記述がないのだが、その僅かな
中に、藤沢周平の姿がぼんやりと見えるような気もするのですけどネ。

 ところどころに著者のユーモアを偲び込ませている所をみると、阿部氏は本書を結構楽しんで書いたよ
うにも読めます。読んでて思わずクスクスと笑いました。

 阿部氏は案外ジヨッパリな人なのでは、と・・。(阿部氏には分かる言葉です)
[2004年2月5日 15時12分18秒]

お名前: 和賀正樹   
あつく御礼もうしあげます。
文春新書「藤沢周平 残日録」の担当編集者の和賀ともうします。
眼光紙背に徹するレベルのとても高い読み方に、感服いたしました。
残念ながら、著者の阿部さんは、パソコンにご縁がありません。
著者にかわりまして、御礼もうしあげます。
どんどん、きびしい注文も、お願い申し上げます。
[2004年2月2日 15時8分40秒]

お名前: 慈慈   
一昨日は、パラパラと拾い読みし、昨日からゆっくりと読み始めました。

横山さん>・・作家と編集者との時間については項目もなく、語られることはない。
          編集者の含羞というのか。編集の仕事のわきまえであろうか。
たーさん>・・個人的にはエッセーに書かれていない、お二人の多くのエピソードを
       期待していたのですが・・・。

阿部氏は何かに「個人的なことを聞くのがはばかられた」と言う意味合いのことを書い
ていたような気がします。(横山さんのホームページにも記載が有ったと思うのですが、
見つけられませんでした)
阿部氏は編集者として知りえた事は書かなかったということなのか、それとも、個人的
な関わりの部分は、書こうとしなかったのでしょうかネ。

エピソードは、時として暴露記事になってしまう事もあるので、その辺を避けたのだろ
うか、などと思っています。

少しそれますが、「本の話」(2月号)に娘さんが「父の訓え」という一文を寄せています。
その中に“私を生んでくれた母は私が生まれて間もなく亡くなりました”と書いています。
そう書けるまでに、永い年月を要したという事なのではないか、と思うのです。
藤沢周平が“生別は死別よりもいい”と井上ひさしに語ったのも、かなりの歳月を経た後の
事です。井上は藤沢の抱えているものを垣間見た思いを、書いています。
*昨年、井上ひさし氏にお会いする機会があったので、この事を聴いてみようかと思ったの
 ですが、触れてはいけない事のような気がしました。

つまり藤沢周平が語る事をはばかった事は、阿部氏は聞き知っていても文にはしにくかった
のではないのでしょうか。

もし、阿部氏とお会いする機会が有ったら、いくつか教えていただきたいことが有るのです
が、ただの読者にそんな機会が訪れることもないでしょうし・・。

1月のこの時期は、心奥を哀しみに圧されます。
[2004年1月29日 10時32分32秒]

お名前: 慈慈   
『藤沢周平 残日録』を購入。
適当にページを開いて読み出しています。面白いですネ。
なんと言うか、「藤沢周平」の優しさと阿部達二氏の誠実さが、伝わってくるような
ゆったりとした心優しくなるような本に思います。

著者についての知識はないのですが、藤沢先生が一緒に過ごされた方、という事から
想像しても、きっと派手さのない方なのでしょうかネ。

青森市生まれ、と有りましたが、詩集「まるめろ」を藤沢先生に紹介したのは、阿部
氏なのかナ、と言う気がしています。
[2004年1月28日 12時42分45秒]

お名前: たーさん   
残日録横山さんの情報いつも感謝しております。
私としては珍しく、阿部達二氏の本楽しく読みました。
<しかし、作家と編集者との時間については項目もなく、語られることはない。
が、読者は編集者から見た作家の姿も知りたい。

おっしゃる通りだと思いました。個人的にはエッセーに書かれていない、お二人の
多くのエピソードを期待していたのですが・・・。

<編集者の含羞というのか。編集の仕事のわきまえであろうか。
横山さんの言われる通りなのでしょう。プライバシーに関することとなるとどこまで・・
色々と難しいことがあるのでしょうね。
それにしても阿部達二氏の視点、整理能力は素晴らしいと思いました。

KOCHANさんの『本の話』(文藝春秋社2月号)。特集藤沢周平の世界、と題して
藤沢さんのお嬢さんの『父の訓え』、阿部達二氏(名工の斬れ味)が掲載されていました。
お嬢さんの文章、素直でとても読みやすいです。出だしがとてもいいですね。
阿部氏の文章、冒頭の文章は特に晴らしいですね。たーさんには流石と思えました。
全体的にも、各作品を視点別に整理し、藤沢作品を読みたくなるような、
そしてすでにファンの方々にとっては、再読、三読に際してはこんな観点から、というような
大変参考になる書き物だと思いました。
[2004年1月24日 20時53分3秒]

お名前: kochan   
 横山さん情報ありがとうございます。

 本の森さんが下記の本を持ってきてくれました。

 「本のはなし」に娘さんの文章がありました。ごめんなさい職場に置いてきたので正確なタイ
トル忘れました。
 私は本の森さんに無理矢理頼んでしいれました。m(__)m

 かわさき市民アカデミー双書3「高度成長の光と影−政治と文学の窓をとおして−」に和田あき子さんが書いてます。

 以上、下手くそな紹介ですみません。
[2004年1月21日 20時26分21秒]

お名前: 大阪・「残日録」・横山稔    URL
寒中お見舞いもうしあげます。


文芸春秋社の藤沢周平さん担当の編集者だった阿部達二さんの本です。

  ■ 『藤沢周平 残日録』文春新書 04.1.20 790円 ■

これは変わった藤沢本です。帯にゆわく「150のキーワードで浮かび上がる
“ちょっぴり偏屈な”作家の素顔」 

150の言葉・作品などをあいうえお順に並べた事典?
だだちゃ豆/カタムチョ/近所の喫茶店/選挙演説/--------

藤沢さんの編集者ならではの視点から守備範囲が広い。
「読み終えれば作家論や作品論ではない作家の素顔の一生が浮かび上がってくる
ことを意図した。その意味ではきわめて俗な評伝といえる」と。

                *
しかし、作家と編集者との時間については項目もなく、語られることはない。
編集者の含羞というのか。編集の仕事のわきまえであろうか。

が、読者は編集者から見た作家の姿も知りたい。
作家はあの大量の作品をどのようにして生み出したのだろうか。
[2004年1月18日 21時42分25秒]
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