記事タイトル:藤沢さんの業績 後世に 文学記念館構想が本格化 


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お名前: kochan   
 皆様素早い反応さすがです。ありがとうございます。

 たーさんの「受身で作ってやる」については、前述の議事録云々のとおり、市長はそんな事を
言った記憶がありません。マスコミが勝手にそう判断したらしいのです。市民性?と言わない
で...鶴岡市民はそんなチッポケな民族ではないはずです。私も市民の端くれで、言い訳す
るのみです。<(_ _)>

 彦さんの「文学館」、「記念館」については、ごもっともです。「人物館」と「文学館」では
全く違います。そこらへん、鶴岡の真価が問われるところでしょう。
 藤沢さんの偉業については、否定しようの無いところです。その事をコンセプトにするとして
も、様々な論争が予想されます。それは、読者の世界だけに絞っても、様々な意見が予想される
ということですね。そこに、鶴岡の人々の色々な思いをのせるとしたら、可能性はもっと広がり
ます。それぞれの思いは個々に見ればとても尊いものなのに、みんなが納得する未来を調整する
と、個々の思いは曲げられてしまうことにもなります。
 その辺がこのことの難しさだと思います。”行政がやることは、最大多数の賛成を得る必要が
あり、時として真理でないこともある”と言えば言いすぎかもしれませんが、最近の世界情勢に
も似た現象と言えるかもしれません。
[2005年12月13日 23時14分28秒]

お名前: 彦   
kochan、オバンでした。
こちら雪は相も変わらず淡々と降っていますが、近くの川面は日に日に結氷して
とうとう今朝は川の流れは氷の下になってしまいました。只今−11℃、寒いです。
たーさん、ご無沙汰しておりました。ソノシートはまだ聞くことが出来ません。
何とかしなければと思いつつ師走になってしまいました。

外野席からの第2報を少し。
庄内日報さんのあまり大きくない記事の中に「コンセプト」という横文字というか
カタカナ文字が4回も出てきますが、公用文字の使い方をあまり理解していませんので
使用の趣旨が解らずに、なんか変だなぁと思っています。
そして、記念館、文学記念館という「概念」が出来上がっていることの不思議を思って
しまいます。藤沢文学を後世に残す作業の一貫として「館」を建てる郷土の人々の努力には
大変に感謝し一ファンとしては御礼申し上げたい気持ちで、早く建ててほしいと思って
いるのが私的には本音ですが、ですがフアンとしてはどうせ建てるのならとの気持ちから
あれこれと思います。
文学は地域だけで記念してはいけないのではとか
「館」を見世物にしてはいけないとか
コンサル料を払って「概念」をつくってはいけないとか、つい余計のお世話なことを
思ってしまいます。でも7人の選出された委員の方々がこれから鋭意論議して
良い方向に引っ張って頂くことを祈念しています。
それでもやはり、「文学館」と「文学記念館」そして「記念館」の違いは歴然とあります。
[2005年12月13日 22時1分37秒]

お名前: たーさん   
管理人さんの言わんとしていることは本当によく理解できます。
藤沢作品の本質を考えれば、まさにそうあってほしい!という思いです。
しかし、現実にはそれぞれ何らかの思惑や意図があって関与しているのではないでしょうか。
特に完成後の運営コストをどのように捻出するか等を考えると、管理人さんの想いとは離れた形になるのかも知れません。

もしやむを得ず多少商業主義的な記念館になった場合、藤沢周平は喜ばれるのか、疑問です。
しかし種種の要素を総合的に考えると、設立の実現は鶴岡以外は難しいでしょうね。
個人的には東京練馬・深川辺りが最適と思っていますが(~_~;)

一方、遺族から寄贈の申し入れがあったとの報道には、邪推ながら些かの疑問を持っています。
教師の仕事を剥ぎ取られ、失意のうちに上京された藤沢には、故郷への思いは二つの相反する思い『悔しさと懐かしさ』が常に錯綜していたのではないか。
年齢を重ねた晩年は一つになったのかもしれませんが・・・

その藤沢の心に思いを馳せるとき、
寄贈の申し入れがあったので、『受身で作ってやる』的な感覚は、一ファンとして納得できません。
準備委員会・その他関連する方々が、藤沢周平の心からの本当の想いに配慮されて行動することを願っています。

それが無理ならば敢えて作ることを望みません。辛口のたーさんでした。
[2005年12月13日 16時40分18秒]

お名前: kochan   
 彦さんこんばんは。雪大丈夫ですか?

 こちらもドカ雪です。土曜から絶え間なく降っています。

 「記念館 構想」は、今回の議会で、正式に場所の発表・議会への提案等がなされたようで
す。まずは建設に向けての第一歩ということでしょうか。めでたいことです。
 とはいうものの、寄贈の約束に関しては約束されたものでもなく、マスコミが勝手に予想した
ものだと思います。あるいは、もう寄贈されたかのような情報を伝える向きもあり、困惑ぎみと
いうところです。(今公開されてませんが、市の議事録を見る限りそう思います)
 地元ではおそらくいろんなところで、「よがたのぉー」とか「どうなんなんろぉー」とか、×
×とか、観光××とか、黄金地区にも××とか、様々な勝手な論争がされていることでしょう。
 今回、某国営放送すらも、議会前の議案公開の情報を見て、見込み記事を書いたらしく、その
後の新聞では時間が経つうちに内容にだんだん変化が出たりしているようです。
 ここにリンクした荘内日報は、議会が開催されて市長の説明や答弁の後に書かれていますので
比較的に良いほうだと思いますが、それでも「寄贈」が確定しているように書いています。
 記念館がどのような内容になるのかは、準備委員会の検討によると思いますが、経済団体や、
その他の団体が自らの思惑で記念館の内容に何らかの期待をしたり意見を強要したりするなら、
それらは排他されるべきだと私は思います。
 私は赤川花火その他でも述べていますが、藤沢さんの作品その他を地域の経済に生かそうとい
う動きには反対です。また、藤沢作品は地域の財産ですが、その財産を運用して地域の経済に生
かそうとする動きにも反対です。
 市長が言う、精神的な面での鶴岡のアピールには賛成しますし、それは幸せに生きるためのヒ
ント、人としてまっとうに生きるためのヒントを、藤沢作品が与えてくれているということに疑
いをもたないからです。
 藤沢周平の名で財をなそうという輩も過去にありましたが、それは荘内藩も海坂藩もオークシ
ョンで売ってしまおうというような下劣な行為であり、私たち荘内人が本当に求めるべきものは
荘内人である私たちが、自らをまっとうに生きようとすることに没頭しようとすることだと思い
ます。藤沢さんを通して成るべき荘内人になろうと私は提言します。
[2005年12月12日 23時58分42秒]

お名前: 彦   
いよいよ動き出すのですね。
設地場所も鶴岡公園の敷地内とのこと。「記念館 構想」というのが少し気になりますが、
でも、やっぱり「文学館」と「記念館」とは少し趣きが違うなと感じます。
外野席から余計なお世話でしょうが、庄内は文人を多く輩出していますから難しさが
あるのでしょうかね。ご遺族から5000点の資料の寄贈があるなら尚更です。
この記事のあと記事にも少し気がひかれます。杜氏さんの仕込みが進んでいる模様で
管理人さん、訪鶴の折りにはひとつ宜しく御配慮ご指導をお願い申し上げます。
[2005年12月10日 0時25分38秒]

お名前: kochan   
藤沢さんの業績 後世に 文学記念館構想が本格化
[2005年12月8日 21時49分43秒]
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