記事タイトル:「藤沢周平の世界」絶好調 


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お名前: 彦   
世田谷文学館、わたくしも行ってきました。
新宿駅であっちウロこっちチョロしながら京王線「芦花公園」で下車して昼食を
ソバにしようかな、ちょっとリッチにフランス料理(だったかな?)屋さんにしようかと
かなり思案して取り敢えず済ませて、いざ、世田谷文学館へと。
『開館10周年記念 藤沢周平の世界』の門を潜りました。
1Fのきっと普段は別の展示が出来る程のスペースに60客くらいのイスがゆったりと
並べられてあり、ほぼ満席の中で藤沢さんのインタビュー映像の上映がされていました。
藤沢さんの「生の声」が聞こえて足がそして息が止まり、あぁここまで来たのだとの思いが
胸の奥から込み上げてきました。わたしのようなミーハーにも「動け、動け、諦めるな」と
藤沢さんがうしろから押して呉れて辿りついた気持ちでした。
さあ、2Fの全フロアーを使った展示場に歩を進める。一歩進んでため息、歩をすすめて
またため息、の連続でした。
資料の素晴らしさは、たーさんのレポート通りでわたしからは書き足すことは何もありません。
わたくし的には『白き瓶』の資料コーナーでは絶句でありました。たーさんが書かれて
おられるように、もう一冊の『白き瓶』が存在しているかのような錯覚を覚える程に感動
いたしました。

それにしても、観覧客の層の厚さに驚きました。
そして世田谷文学館に一ファンとして図録を含めてこの企画展に感謝しております。
何よりもの贈り物でした。ありがとうございました。
[2005年9月22日 23時8分10秒]

お名前: たーさん   
私が勝手に発見と思い込んでいることですから、信憑性に疑問もありますが、
小菅留次(海坂投稿の頃)、用心棒歳月抄とありました。

展示の内容を事細かに書くことは、世田谷文学館殿に対して失礼ではないかと考え
発見??した結果は書き込みませんでした。ご理解ください。
[2005年9月21日 18時23分32秒]

お名前: 慈慈   
レポートありがとうございます。
下記2点は知りませんでした。教えていただけないでしょうか

・本名と藤沢周平以外にペンネームを持っていた。
・「用心棒日月抄」が草稿では違う題名であった。
[2005年9月20日 10時42分27秒]

お名前: たーさん   
初日(9/17)行ってきました。内容の濃さ、展示方法の素晴らしさに圧倒されました。
そして沢山の発見・感動がありました。
遺品や展示品に関しては、個人によってその思いも異なるでしょうから、
胸にしまっておくとして、私が知らなかったいくつかの発見がありました。
迷惑も顧みず書きます。

・唯一の現代小説「早春」の主人公が、活字になる前は「岡村」ではなかった。
・楽器を演奏し楽しまれたこと。
・本名と藤沢周平以外にペンネームを持っていた。
・「用心棒日月抄」が草稿では違う題名であった。
・「たそがれ清兵衛」も当初は別の題名としていた。
・なんと「蝉しぐれ」が同じく草稿では別の題名であった。
・「蝉しぐれ」の『ふく』は最初、別の名前であった。
・「蝉しぐれ」の新聞連載は山形新聞より早く連載された新聞があった。
・「蝉しぐれ」は単行本出版に際してかなり加筆訂正された。(新聞報道あり)
・「橋ものがたり」の『まぼろしの橋』も当初は少し違った題名であった。
・『吹く風は秋』これも題名が変更されて活字になった。
・「白き瓶」は、もう一冊あるような膨大な隠れた作品?があった。
 そして縦書きなのに左から右に書いている。(合理的で私も時時やります)
・「白き瓶」がいかに凄かったか、その一端を発見できた。(地図が実に上手)
・有名な書斎の写真で持っている「指揮棒のようなもの」の正体がわかった。

私の主な発見は以上のようなことでした。(既にご存知方もいらっしゃるでしょうが)
「漆の・・」最後の六枚の原稿。インクの色の濃さ、訂正の多さ、切ない思いで拝見しました。
参考文献の記述が「幻にあらず」に比べて極端に少ない理由がわたったような気がしました。

遠方にお住まいの方方を考えると、如何なものかな・・・反省しながらも長々と書き込んでしまいました。ご容赦のほど・・・。
[2005年9月19日 10時17分51秒]

お名前: kochan   
 世田谷文学館開館10周年記念「藤沢周平の世界展」 私は仕事を無視して行ってきました。
 結果、気分は絶好調です。

 これを見ずして何をか語らんや。

 と言いながら、当方体力限界につき、詳細は皆さんからのレポートにお任せします。え?
[2005年9月18日 23時56分55秒]
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