記事タイトル:やっとできました 


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お名前: 後藤 圭司   
ダブル・ブッキングをお許し下さい

初めて質問を書き込みましたが,はじめ本文が表示されなかったもので,二重書き込みの失敗をしてしまいました。今後,このような不始末はいたしません。お許し下さい。 後藤拝
[2006年2月28日 20時57分41秒]

お名前: kochan   
白田さんへ
投稿ありがとうございます。実は私はまだ全巻読んでません。(~_~;)

感想などを是非投稿していただければと思います。私も少しずつ読み
続けてはいるんですけど、筆不精と忙しさでなかなかここに投稿でき
ないでいます。

 この掲示板は藤沢ファンに開放していますので、事由に使って下さ
い。管理は私がいたしますが、所有権は善意あるファン(ネチケット
を守っていただける方)の皆様に開放致します。自分のもののように
使って下さい。 今後ともよろしくお願い致します。
[1999年7月30日 18時19分27秒]

お名前: 白田耕作   
一年かけて、藤沢周平文庫本小説を全部読みました。
小説でない、「随筆集周平独言」、「ふるさと廻る六部」は少しずつ目を通して行こうと
思っています。
読み終わった文庫本を机の前に積み上げて行くと少し壮観です。
最初は薦められて「蝉しぐれ」(文春)、最後は「夜の橋」(中公)でした。
これからは皆さんの仲間に入れるかと思っています。
[1999年7月17日 20時47分27秒]

お名前: kochan   
小松さんありがとうございます。
持ち主のくせにメッセージを戴いたのに気付きませんでした。
こんなささやかなホームページに来てくださる方がいらっしゃることが
私にとって本当に幸せです。藤沢さんに対する感謝の気持ちを共有する
仲間がいることは、何よりも私の財産だと思っています。
今後ともよろしくお願いします。
[1999年3月26日 20時16分13秒]

お名前: 小松 勝   
 私も熱烈な藤沢ファンのひとりです。用心棒月日抄シリ−ズも面白くそして
「佐知」の存在も、私にはとっても快く感じられ後段にはうらやましくさえ思
いました。しかしながら一番強烈な印象を残しているのが、[暗殺の年輪]で
ある。息子に理解をしてもらえなかった母が自害する様子は自分にとっても黒
い大きな塊となって残っているのがよみがえってくるようだ。
[1999年1月27日 19時10分20秒]

お名前: kochan(寺田さんからのメッセージ)   
 私が藤沢周平さんを知ったのはNHK金曜時代劇の「清左衛門残日録」でした。

 この物語にすごく惹かれて藤沢周平さんの存在を知りました。それまで藤沢周平さんのことは全くしりませんでした
。藤沢周平さんの作品は日本の美しさ、そして日本語の美しさを実感させてくれます。「日本語ってこんなに美しいん
だ。」藤沢周平さんの本を読んで感動したのを今も覚えています。そして今でも毎回読むたびにそれを感じるし、うれ
しくもなるのです。

 「三屋清左衛門残日録」を読んでから 、図書館に通い、又本屋さんに足を運んでは藤沢周平さんの作品をたくさ ん
読みました(残念ながらまだ全部とはいえませんが)。

 藤沢周平さんの 作品を読んでいる間は私は幸せです。この世界に浸っていられる時間が私は好きです。 それから藤
沢周平さんの故郷、たびたび小説の舞台にもなる山形(鶴岡)にも興味を持っています。いつか鶴岡に行って藤沢周平
さんの足跡を少しでも見ることができたらと思っています。

 ただ一つ、本当に残念なことは藤沢周平さんに一回もお会いすることなく亡くなられたことです。ファンレターを書
くこともできなかったのですから・・・。藤沢周平さんのことを知ってから亡くなるまで約5年間でした 。作品はも
ちろん残りますが・・・。とても残念です。
[1998年9月21日 18時52分30秒]

お名前: kochan(三重県 田辺さんからのメッセージ)   
 約2年前に藤沢周平さんの小説に出会ってからというもの、往復約3時間の通勤電車の中、お昼ご飯を食べながら、
就寝前のベットの中で、ときには歩きながら、といった具合に本から目が離せない状態が続いているのです。

 読み始めるとどうにもとまらず、ある時はこのままでは何も手につかないのでは・・と一旦故意的に藤沢さんの小説
を遠ざけたこともあるほど、すっかり魅せられております。

 藤沢さんの小説には主人公やその周りの人たちの人間らしい姿が、美しくあり、それでいて決して大袈裟ではない控
えめな日本語で表現されているところに素晴らしさを感じています。

 また男性である藤沢さんが、女性の細やかな心情やこころの移り変わりをさらりと表現される点には感嘆の思いでい
つもいっぱいでした。

 今は、「よろずや平四郎活人剣」を読み返しています。以前対談で作家の宮部みゆきさんが「御嫁にいくなら、平四
郎さんがいいっ!」と言っていたのを読み、興味が沸いたのがきっかけです。宮部さんと私の好みのタイプはちょっと
違っていました が、どちらかいうと陰のある雰囲気をもつ主人公が多い中で、珍しく楽天的で陽気な平四郎さんもと
ても魅力的な人でした。

 友人の北見や明石との3人の関係もどこかユーモラスであり、3人のやり取りを読んでは、ぷっと吹き出していま
す。

 ・・・なんだかいっきに書いてしまいましたが、なかなか周りにこの藤沢さんの小説の魅力を話しても共感できる人
がおらず、というより時代小説というだけで「年寄りくさい」と片づけられてしまうのが落ちであり、でもだれかにこ
の思いや感想を伝えたいという気持ちを持ち続けていた時に、今日たまたまこのページにたどりつき、私と同じように
藤沢さんの作品に魅せられた方々がいらっしゃることを知り 、感激しています。

 どなたかが書いてみえましたが、私も藤沢さんの故郷である庄内へ旅してみたいと思っています。そう言えば、少し
前ですが、近くのデパートで山形県の物産展が催されたのですが、思わず初日に駆けつけ 又八郎が食べた玉こんにゃ
くを買って食べました。「又八郎もこれを佐知と一緒に食べたのだ」と思いを馳せながら・・。 あっ、すいません。
藤沢さんへのメッセージということでしたね。つい夢中になってしまい 、全然メッセージになっていませんね。とに
かくこんなにも夢中になるすばらしい小説を残してくださったことをこころより感謝しています。
[1998年9月21日 18時51分24秒]

お名前: kochan(大阪 宮本賢一さんからのメッセージ)   
「やさしい時代小説」の最後の書き手へ

 藤沢さんの書かれる登場人物は、敵役、味方役を問わずに、誰もがやさしく、一生懸命で新しく出会う度に好きにな
らずにはいられませんでした。なかでも短編集「たそがれ清兵衛」の登場人物達はいずれもどこかもの悲しく、それで
いてさりげない強さと、なによりも純朴なやさしさを漂わせた好漢揃いで、繰り返し読む度にしみじみさせられたり、
励まされたりしたものでした。その藤沢さんの作品がもう二度と作り出されることがないことを思うと、まるで自分の
生活の選択肢を一つ失ってしまったように思えて呆然としたりします。

 しかし、藤沢さんが死んでしまっても、藤沢さんの作品は残り、そしてその中で、たそがれ清兵衛も、用心棒青江又
一郎も、そして数々の剣客たちは永遠に生き続け、現代を少し迷いながら生きている私たちに感動と励ましを与え続け
てくれるはずです。

 完全に強くも、弱くもなれない私たちに、死んでなお励ましを与えてくれる藤沢周平さんに、このあいさつがどうか
とどいてくれますように。

 ありがとうございました。
[1998年9月21日 18時50分20秒]

お名前: kochan(仙台市 由佳さんからのメッセージ)   
 藤沢周平作品は5-6年前によく読みました。「蝉しぐれ」「用心棒日月抄」「秘太刀馬の骨」など、、、、

 ほかにも読んだと思うのですが、 だいぶ忘れてしまいました。

私は老後に藤沢周平全集をよんで過ごすことを目標にしています。

藤沢作品を読まなくなったのも老後の楽しみにとっておくつもりだったのですが、、 

藤沢作品はとてもおもしろくて一気によんでしまうのですが、

読み終わってしまうのがもったいない、という気分になりませんか?

お亡くなりになってしまって、もう新しい作品がよめないかと思うと とでも残念です。
[1998年9月21日 18時49分13秒]

お名前: kochan(時代小説SHOW T. Thrill Kobayashiさんからのメッセージ)   
 藤沢周平さんの死を悼むページを拝見いたしました。 藤沢さんの生まれ育たれた、鶴岡という町の温かさが伝わっ
てきました。 藤沢さんのファンを自称しながら、ホームページを開設して以来8ヵ月、 日々の雑事に追われ、作品と
はやや縁遠くなった今年の2月。藤沢さんの 訃報を知り言葉にできないショックを受けました。一時は死を悼む言葉
さえ でない状態でした。

 藤沢周平さんの作品は私にとって、時代小説ファンにしてくれた恩人であるばか りでなく、仕事がいちばん辛かっ
た頃の「ビタミン剤」でした。朝夜の通勤電車の中で読む「用心棒日月抄」や「蝉しぐれ」、「海鳴り」の面白さ、見
事さ。 流行の言葉でいえば、「癒し(=Healing)」ということになるかもしれません。

 今はこう思っています。 藤沢さんは亡くなられましたが、作品はずっと生き続けわたしたちを励ましてくれていま
す。藤沢さんに会いたくなったら本を開けばそこにいます。 多くの素晴らしい作品をありがとうございました。多
謝。
[1998年9月21日 18時47分17秒]

お名前: kochan(TKOさんからのメッセージ)   
昨年11月からのにわかファンです。

なくなられたのは日曜日でしたね。土曜日、日曜日と読書三昧で、藤沢氏の作品を 読んでいました。日曜日は、『秘
太刀馬の骨』を読み、夜は『三屋清左衛門残日録』 を読んで、なんとも静かな穏やかな気持ちで寝たのです。

月曜日の朝食の食卓で、新聞を見ていた息子が、「藤沢さんが、亡くなったよ」と 言いました。「ええっ」。

ここ2、3年、時代小説・歴史小説を読んできました。物故された作家が多く 藤沢氏は、このようなすばらしい作家
をリアルタイムで読める幸福を感じていた ところでしたから、ほんとうに残念でした。

『密謀』をたった今読み終わり、ネットに接続してこのページへきました。 書きたいことは多々あれど、また機会が
ありましたら。
[1998年9月21日 18時45分44秒]

お名前: kochan(大阪 横山さんからのメッセージ)   
私は35年の小学校教員を昨年退職し、いまパート勤め(非常勤嘱託講師)をしている58才の大阪の男です。「阪神・淡路
大震災」の後、多くの関西人がそうであったように、私もひと月以上 もしんとしていました。 好きな本もジャズも聞
く気にもなれず、ただただ胸をいため、私の勤めていた学校へも転校してきた被災した子どものたちのことを気にして
すごしました。

 いま、そうです。藤沢周平さんがおなくなりになり、日ごとにさびしさがわいてきます。そんなとき、長谷川さんの
頁を拝見しお手紙を出す気になりました。長谷川さんの頁の「藤沢さんの文章を引用しただけの編集」に見識を感じま
す。いまは何もしゃべりたくない心境でもあり ますから。

 長谷川さんの引多網家庭頁は、本の表紙と文章を出典をつけて引用しているのは、見事です。いままで見た家庭頁の
いちばんのものです。

 私ごとになりますが、数年前藤沢さんの作品にひきこまれていたとき、結核で入院手術をしました。その とき病院
に持っていった本のかなりが藤沢さんのご本でした。私にとっては、藤沢さんのご本は特別なものでもあります。手術
をすませた夜、点滴のベットで看護婦さんにみつからないようにして夜明けまで藤沢さ んの作品を読ました。(あとで
ひどい目にあいましたが ) もう新作が読めなくなりさびしいことですが、藤沢さんのたくさんの作品を読みかえすこ
とができると思うといい作家に出会えたなあとうれしくなります。

 単行本になってない作品と『漆の実の』の出版を楽しみにしています。

 これもまた私ごとです。数年前から出している個人通信の名前が「残日録」です。もちろん『三屋清左衛 門残日
録』から拝借しました。友だちたちは、「さびしい名前だなあ」といいますが、清左衛門さんがいいますように「日残
リテ昏ルルニ未ダ遠シ」のつもりです。 でも、藤沢周平さんは、

 私の夢は、鶴岡・山形に藤沢さんのご本をもって訪れることです。

 できましたら、エッセイや小説に出てくるような風景の写真も引多網で見せてください。
[1998年9月21日 18時41分16秒]

お名前: kochan   
以前、藤沢周平さんへのメッセージを募集しましたら、心のこもったメールをいただきました。
そして今日、やっとこさメッセージボードができました。

全国の藤沢ファンの皆さん、たくさんメッセージをください。

こころからお待ちしています。
[1998年9月17日 20時47分6秒]
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